子どもの習い事で、大人が学んだこと〜先生の言葉が、親の心に残った日〜

子供を育てる

毎週、心に残る言葉をくれる先生

子どもの習い事の先生が、毎週のように良い言葉をかけてくれる。

技術のことだけでなく、子どもがどう向き合い、どう成長していくかを、

言葉で伝えてくれる先生だ。

「どうなりたいか」を言葉にするという話

先日、こんな話をされていた。

習い事を通じて、どうなりたいか。
習い事に関わる目標だけでなく、どんなふうに成長していきたいか。
それを言葉にすることが大事。

確かに、と思った。

目に見える目標だけを追いがちになる

習い事というと、

「うまくなること」

「結果を出すこと」

「続けること」

つい、分かりやすい目標ばかりに目が向きがちだ。

でも、その先にどんな力を身につけてほしいのか、

どんな姿勢で物事に向き合えるようになってほしいのか、

そこまで考えて言葉にする機会は、意外と少ないのかもしれない。

この言葉は、親である自分にも刺さった

この言葉は、子ども以上に、親である自分の心に残った。

うまくいかない時。

やる気が落ちた時。

続けるかどうか迷った時。

「じゃあ、どうなりたかったんだっけ?」

そう立ち返れる言葉があるだけで、関わり方はきっと変わる。

結果ではなく、成長の途中だと思えること

結果が出ないこと=失敗、ではなく、

成長の途中なんだと思える余白が生まれる。

毎週のように、こうした言葉を自然に投げかけてくれる先生を、

「良い先生だな」と感じている。

忘れないように、ブログに残しておく

習い事を通じて、子どもが何を得るかは、すぐには分からない。

でも、こうして心に残る言葉に出会える時間そのものが、

もう十分に価値のある経験なのだと思う。

忘れないように、そしていつか読み返せるように、

この日の気づきをブログに残しておく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました