短編恋愛小説『さくらんぼ色の、君と夏。』第1話「さくらんぼ」を公開します

コツコツ創作

こんにちは、りありくです。

今回は、Kindleで出版した短編恋愛小説

『さくらんぼ色の、君と夏。』

の第1話「さくらんぼ」を無料公開します。

この作品は、

さくらんぼ・メロン・スイカ・桃・ぶどう

をテーマにした、夏の恋愛短編集です。

放課後の寄り道や、何気ない会話。

そんな時間が少しずつ積み重なり、二人の距離が変わっていく物語です。

今回は、その始まりとなる「さくらんぼ」をお楽しみください。


第1話「さくらんぼ」

その夏は、やけに光が強かった。

教室の窓から差し込む日差しが、机の上を白く焼いている。

風はほとんど入ってこなくて、開け放たれたカーテンだけが、ゆるく揺れていた。

チャイムが鳴っても、誰もすぐには立ち上がらない。

そんな気だるい空気の中で、俺はぼんやりと黒板を見つめていた。

「ねえ」

不意に、名前を呼ばれる。

振り向くと、そこにいたのは——

窓際の席に座る、あいつだった。

光に透けるみたいな黒い髪と、少しだけ眠たそうな目。

いつもと変わらないはずなのに、その日はなぜか、やけに印象に残った。

「今日、寄り道しない?」

何気ない調子で言うくせに、視線は少しだけこちらを試すようで。

「……別にいいけど」

そう答えた声が、思ったよりも近くに聞こえた気がした。

あのときは、まだ知らなかった。

その“寄り道”が、

この夏を、少しだけ特別なものに変えてしまうなんて。

 

——放課後。

校門を出て、坂道を下る。

照り返すアスファルトの熱と、どこからか聞こえる蝉の声。

あいつは、いつもより少しだけゆっくり歩いていた。

「ね、ちょっとだけ遠回りしよ」

「なんで?」

「いいから」

そう言って、くるりと振り返る。

その先にあったのは、小さな果物屋だった。

軒先に並んだ赤い実が、光を受けてつややかに輝いている。

「さくらんぼ、好きなんだよね」

そう言って、あいつはしゃがみこんだ。

指先で一粒、そっと触れる仕草が妙に丁寧で、

なんでもない動きなのに、目が離せなかった。

「ほら、見て。きれいでしょ」

振り返った顔が、少しだけ近い。

「……まあ、うん」

それ以上、うまく言葉が出てこなかった。

 

店先のベンチに並んで座る。

紙袋の中には、買ったばかりのさくらんぼ。

風が少しだけ通り抜けて、さっきまでの暑さが嘘みたいにやわらぐ。

「ね、どっちが甘いか勝負しよ」

「なんだよそれ」

「いいから」

くすっと笑って、あいつは一粒つまみ上げる。

そのまま口に運ぶかと思ったら——

「はい、あーん」

差し出されたのは、俺の方だった。

「……は?」

「いいから、早く」

逃げ道をふさぐみたいに、じっと見つめてくる。

ほんの少しだけ、頬が赤い。

冗談のはずなのに、

どうしてか、目を逸らせなかった。

「……」

言われるままに、口を開く。

さくらんぼが、そっと触れる。

思っていたよりも柔らかくて、

ほんの少しだけ、冷たかった。

「……どう?」

「……甘い」

「でしょ?」

嬉しそうに笑う顔が、やけに眩しかった。

 

それから少しだけ、会話が途切れる。

沈黙が気まずいわけじゃない。

ただ、さっきまでとは何かが違っていた。

距離が、ほんの少しだけ変わった気がした。

「ねえ」

あいつが、また声をかける。

「この赤さってさ」

「……なに」

「ちょっとだけ、嘘っぽくない?」

言いかけて、ふっと笑う。

「なんでもない」

そう言って、もう一粒を口に運ぶ。

その横顔が、なぜか忘れられない気がした。

 

日が傾き始める。

帰り道、並んで歩く影が少しだけ長くなっていた。

「また、こういうの付き合ってよ」

「別にいいけど」

「ほんと?」

「うん」

短いやりとりなのに、

なぜか胸の奥が少しだけざわつく。

あいつは満足そうにうなずいて、

そのまま前を向いた。

その夏は、特別なことなんて何もなかった。

海に行ったわけでも、

花火を見たわけでもない。

ただ、あの放課後があって、

あのさくらんぼがあっただけだ。

 

それでも——

今でも、覚えている。

口に残った甘さと、

ほんの少しだけ混ざっていた、説明できない何か。

たぶんそれは、味なんかじゃなくて。

あの日の光とか、風とか、

あいつの笑い方とか——

そういうもの全部だったんだと思う。

君と食べたさくらんぼは、

少しだけ甘くて、

少しだけ、忘れられない味がした。


あとがき

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

『さくらんぼ色の、君と夏。』は、このあとも夏の果物とともに物語が続いていきます。

  • 🍈 メロン
  • 🍉 スイカ
  • 🍑 桃
  • 🍇 ぶどう

それぞれ違った夏の思い出を描きながら、二人の関係も少しずつ変化していきます。

「続きを読んでみたい」

そう思っていただけたら、とても嬉しいです。


Kindle版のご案内

『さくらんぼ色の、君と夏。』はKindleで公開しています。

第1話の続きを含め、全5話を収録しています。

夏の空気や、何気ない日常の中で少しずつ近づいていく二人の時間を、

最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。

▼ Kindleはこちら

さくらんぼ色の、君と夏
収録作品

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