「もっとできたのでは」と思ってしまう夜に

働き方

異動元の部署で、資料改善や教育についての議論が進んでいると聞いた。

正直、少し複雑な気持ちになった。

それは、自分自身も以前から必要だと思っていたことだったからだ。


自分もやりたかったことだった

教育の仕組みづくり。資料の整理。業務の標準化。若手が学びやすい環境づくり。

どれも大切だと思っていたし、自分なりに改善したい気持ちはあった。

でも、振り返ると十分に進められたとは言えない。

日々の業務を回すことに追われ、目の前の課題を処理するだけで精一杯だった。

だからこそ、

「もっとできたのではないか」

という思いが頭をよぎる。


環境が変わると動き出すこともある

一方で、今の状況を冷静に見ると、当時とは環境が違う。

上司が変わり、組織の雰囲気も変わった。

推進力のある人が旗を振れば、これまで動かなかったことが動き始めることもある。

組織の改善は、個人の努力だけで実現できるものではない。

どれだけ良いアイデアがあっても、

  • 周囲の理解
  • 協力してくれる仲間
  • 後押しする上司

そういった条件が揃わなければ前には進みにくい。

今動いている改善活動も、誰か一人の力だけで実現しているわけではないのだと思う。


「異動していなかったら」と考えてしまう

それでも、「もし異動していなかったら」と考えてしまう。

教育というテーマでは、自分も貢献できたかもしれない。

これまで経験してきたことを伝えたり、若手向けの資料を作ったり。

そういう未来もあったのかもしれない。

でも、それはもう想像の話だ。

現実として、自分は別の部署へ異動した。

そして、今の部署には今の部署の課題がある。


当時の自分を責め続ける必要はない

最近思うのは、当時の自分を責め続ける必要はないのかもしれない、ということだ。

改善できなかったことは事実かもしれない。

でも、それは怠けていたからではない。

余裕がなかった。必死だった。目の前の仕事と向き合いながら、その中でできることをやっていた。

それもまた事実だ。


今までの努力が無意味だったわけではない

異動したあとに改善が進む様子を見ると、少し寂しくなることもある。

けれど、その改善の土台には、これまで多くの人が感じてきた課題意識があるはずだ。

自分もその一人だった。

何も問題が見えていない組織では、改善の議論そのものが生まれない。

だから、自分が感じていた違和感や問題意識も、決して無駄ではなかったと思う。


おわりに

仕事をしていると、「もっとできたのでは」と思うことがある。

異動や退職のように、その場所を離れた後ならなおさらだ。

でも、当時の自分には当時の精一杯があった。

今の環境だから動かせることもある。

そう考えると、過去の自分を否定する必要はないのかもしれない。

これからは新しい部署で、自分にできることを一つずつ積み重ねていこうと思う。


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